デザインのちからってどういうこと?

デザインとは実に広範囲で、日本の一般的な社会では主に『見た目』の見え方を指す場合が多く

モノをデザインする場合、その構造や創り(造り)方まではあまり考慮しなくてもよい。と考える人は少なくないと感じています。

実際にデザイナーがする仕事は多岐にわたり、上っ面の見た目だけをイメージするだけではデザイナーの仕事は成り立たない。

 

そこで、そもそもデザイナーにデザインを依頼し一つの商品(製品ではない)を世の中に打ち出す時

デザイナーはどのようにその商品に価値を定義しその価値を高めていくのか?

 

一つ、付加価値を高めていくことがデザイナーの根本的な仕事の一つだとする。

 

究極を言えば、『無価値なモノをデザイナーが手を入れる(デザイン)ことで、価値あるモノに変えてしまう』

それが根本的な仕事の一つなのではないか?と考えています。

 

沖縄では、30年以上前にとあるシリーズの食器が祝いの席での引き出物として多く流通していました。

そのとあるシリーズとはこの『小僧』が描かれた器

正式名称は『唐子』と呼ばれている。沖縄で流通していた『唐子』の殆どは美濃焼であるが、リサーチを進めると、以前は日本各地で大量に生産されていたようである。

沖縄県で生まれ育ったのであればオバーの家や公民館に行けば必ずこの『唐子』の器を目にしたかと思います。

製品としての品質も高く、割れにくく耐久性も優れていました。結果、沖縄県全体に広まり沖縄県内ではメインの引き出物の一つとして多くの家庭が採用していた経緯があるようです。

そして、大量に流通し消費された結果、自然と量の増加には価格の下落が伴ってしまいます。それと同時にモノが有り余る時代に突入し『唐子』の器は急激に過去のモノに。

県内のリサイクルショップに行けば大量に『唐子』の器で溢れかえっていると勝手に想像してはいたが、現実は違っていて、過去に流通した量が多すぎて『唐子』の器自体に価値が付かず、リサイクルショップでも引き取りを拒む所が殆どで、殆どのリサイクルショップで取り扱っていないという。

そうなれば、この『唐子』は物価的な価値がゼロ、且つ陶器の特性上収納するにしても場所を取り、取扱も雑にできないし、持っているだけで収納スペースを無駄に使うマイナス(負債)のような側面も知れば知るほど見え隠れしてくる。

 

現在もかろうじて『唐子』の器は生産しているみたいではあるが、現代版よりも沖縄で引き出物として流通した昔の質感が圧倒的に良く描かれている『唐子』の表情も美しい。

 

その持っているだけで負債ともとれる『唐子』の器をデザインの『ちから』でどうにかできるものなのか?

 

そこで我々はこのkomintern(コミンテルン)というシリーズを立ち上げることになります。kominternでは無価値(若しくは負債)な存在を、デザインの『ちから』で価値あるモノに変えて行き、価値の再定義が出来ればいい。と考えています。

 

沖縄県内には大量に見捨てられた『唐子』の小僧が、沖縄戦の不発弾のように大量に眠っていると思います。

 

見捨てられた『唐子』の器情報があれば是非、弊社までご連絡をいただければ幸いです。

hello@waters.asia

このジャーナルは – 山内真 – が書いています。