うつわで料理が美味しくなる?

このWaters journalを書くにあたり、やっぱり私の好きなものを真っ先に取り上げたいと思った。

「うつわ」についてというテーマ決めはあっという間だったが、うつわの何を語ろうか、と考えた時、なぜ私はうつわが好きなのか、大前提の疑問にぶち当たる。

この数年、「うつわブーム」に拍車がかかっているのは、SNSを盛んに行っている人なら誰しも感じているのではないだろうか。このブームの背景には特にインスタによる影響が大きいという説があるが、それは間違いないと思う。しかし、私は「ブーム」という言葉だけに納めたくない。そう感じているのも事実であって、今、毎日多くのうつわに触れる環境にいるからこそ思うこともある。

 

そもそも、私がうつわを好きになったのはいつか。

はっきりとした記憶があるのが、小学校3年生の時、滅多におねだりをしない子供だった私が(おそらく)珍しく、ブルーのクマさんの陶器のマグカップをねだって買ってもらったことだ。もうそのマグカップで入れるココアの美味さたるや!ここで初めて、私はうつわによる味覚への影響を体感するのである。

 

 

それから約20年、学生から社会人になり、転勤を繰り返す日々を終え、ついに地元に腰を据え、本格的に定住を意識し始めた頃、私のうつわ欲に火がつき始めたのである。ここで暮らし、ご飯を作り、生活していくんだ。そう思うと、自ずと食事を、生活を、彩る「うつわ」への興味関心が集中していったのである。もちろん沖縄という土地柄も大きい。伝統的な壺屋焼や読谷山焼を始め、そこから派生したたくさんの陶芸作品にすぐ触れられるところにいて、多種多様な表情を持った作品に出会える。選択の幅も広く、たくさんの中から好きなものを選べる楽しみを知ったことにもある。

 

 

時はうつわブームに拍車がかかりかじめた頃。当初、自分のこの熱もブームに乗った一過性のものに過ぎないだろうと踏んでいた。がしかし、その好き度数は帰省3年目の今も増すばかり。2年目の夏にはついにうつわ屋さんで働いて、最終うつわを取り扱う店を自分で始めちゃう始末。

ただ漠然と惹かれていく中で、最初は素敵なうつわとの出会いに時めき、お持ち帰りすることが最高潮の至福であったが、今は食材を乗せて食卓に並べる喜びへと変化している。そして、そうやって好きなうつわに自ら作った料理を乗せて口にする食事は一層美味しく感じるし、手間をかけて自炊して、好きなうつわを選んで、テーブルコーディネートして、はい、いただきます!のあの瞬間は自分への最大のご褒美に感じられるのである。コレクション的楽しみから、幼い頃、初めて味わったあの感覚、「美味しくなる魔法」のような、食卓を彩り、生活に馴染み、暮らしを豊かにしてくれる存在として欠かせないものとしてあり続けるのではないかと。

 

続きはこちら -うつわがずっと好きだと思う-

 

このジャーナルは – 亀島 翔子 – が書いています。